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名も無き言葉たち 散文 詩
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地獄の底の極寒で
閉じ込められて震える
一人の少女がいた

涙すらも凍らせ
心すらも深き氷壁へ
埋められ
番犬に見張られ
身動き一つとれず
助けられることを諦め
絶対零度に近い感情で
通り過ぎる人を見つめていた

通り過ぎるたくさんの人は
寒い寒い
ここにいると凍え死んでしまう
そう言って
少女を見ながら一言
「かわいそうに」
というだけで
何一つ助けることもせず
視線を向けたあとは
興味がなくなったかのように
みな足早に通り過ぎた

地獄に落ちた人々は
みな私利私欲にまみれていて
自分が助かることばかり考え
少女のことなど考えなかった

少女は一人で泣き続け
そして涙すらも流れないほど
すべてが凍り付いて
深く閉じ込められていった

声も出せない氷壁の中の少女は
毎日祈っていた
夢を見ることだけでもいいだろうと
毎日夢想していた
助からないのなら
せめて夢の中だけでも

ある日ふと通り過ぎた男が居た
氷壁の中から見える男の姿は
はっきりとは見えなかった
もしかしたら他の亡者たちと一緒
そう思いながらも
心の声を出してみた

すると男は立ち止まり
氷壁へ手を触れ始めた
ここは厚い氷の中
両手だけでは
とても地獄の氷は
溶かすことは出来ない
少女は諦め混じりに
珍しいことをする男を見ていた

男は根気強く
毎日毎日
氷に触れ続けた
そしてある日ようやく
少女の指先だけが出た

「かわいい指先だね。ようやく出てきた」
男は少女が埋まっていたのを
知っていたかのように語りかけた
あれだけ地獄の氷に触れ続けたのに
なおもあたたかな手の温度が
指先から少女の心へと
静かに伝わってきた

あなたはここに居るべきではない
私にかまわないで
私は呪われた女
あなたを想えるだけでいい

心の中で必死に願いながらも
男の存在は大きくなりました
男は諦めずにずっと氷に触れ続け
ようやく少女の顔が
見えるようになりました

「ようやく見えた。美しいお嬢さん」
少女は自分のことを
ずっと醜いと思っていました
醜いと罵られ
地獄の氷の牢獄に閉じ込められ
長年暮らしてきた少女にとって
男の言葉は嘘に聞こえました

きっとこの男も
私を利用して
もっと酷い牢へと閉じ込めるのだ

しかしわからないことがありました
それならどうして
氷を溶かしたのか
なおも溶かし続けているのか
その両手で諦めもせず
毎日毎日触れ続けるのか
あなたは痛くないのか
冷たくて凍えてしまわないのか

少女は泣きました
酷いことをされるのではないか
亡者どもよりも
酷い悪魔なのではないか
怖くて不安でたまらなくて
たくさん泣きました

しかし男はその度に
少女から溢れ出て凍りつく涙を
両手で触れ続けて溶かしました
その両手は灼熱でもなく
少し熱い程度のあたたかさで
限りなく絶対零度に近い
地獄の氷壁を
少しずつ溶かし始めているのです

男が誰かを知る前に
想いはどんどん募ってきます
誰もこんなことをする人などおらず
ただ通り過ぎていくだけなのに
いったいこんなことをして
この男に何の利益があるのかと
不可思議に思いながらも
救い出してくれたらという期待と
自分の手で男に触れたいと
願う気持ちが
日に日に強くなりました

長い月日を経て
少しずつ凍りは溶け
動くようになった唇で
男と沢山の話をしました

地獄での日々の話
どうして氷壁の中へ
閉じ込められたか

それはそれは
聞くに堪えない
酷い酷い話でしたが
男は黙って
深く深く頷きながら
何一つ不愉快な顔をせず
真剣に聞いていました

そんな男の姿が
少女はすっかり好きになりました
好きでたまらなく
早く氷から出たいと願うようになりました
そして何年も経って
ようやく氷から出ることができ
男の体を抱きしめることができました

長年地獄の極寒にいたのに
体は冷えてもおらず
感じたこともないあたたかさで
少女を包みました

「ここから出よう。美しいお嬢さん」
男は変わらぬ笑顔で
変わらぬあたたかさで
少女の手を引きました
少女は男ばかり見ていて
気がつかないことがありました
「番犬はどうなさったの?」
地獄の氷牢地帯には
番犬がいたはずでした
「番犬の肉で飢えをしのいでいたんだ」
少女は驚きました
あの凶暴な番犬を既に倒していたのです
それもその肉で飢えをしのいでいたなんて
驚きを通り越して
法螺でも聞いているような気分でした
まるで実感がわかないのに
救い出されたことすらも夢のようで
何も実感がわかないまま
手を引かれ
ようやく地獄の氷牢地帯を出たのです

少女は奇跡にみまわれたようでした
ああ、でも
もし希望を持ち続けていたら
私の魂も死んでいたでしょう
こうして手を引かれ歩いていけるのは
もしかしたら希望を持たなかったせいかもしれない
と思いました
でも今はこの手を握り続けたい
強く感じるのでした

「行こうか」
男の優しい微笑と
強い瞳に
「はい」
と強く手を握り返し
少女は暗闇から出て行きました

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