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名も無き言葉たち 散文 詩
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道化師が踊っている
踊ることは楽しいのだと
死神の手のひらで踊る

人は飽きれば通り過ぎる
道化師の踊りに
付き合っている暇はない

ある青年は甘い果実を持っていた
よく熟していて香りもいい

仮面を被った道化師に
青年は言った
お金は払えないけど
果実をあげるよ

道化師は目もくれずに踊った
きっと踊りに飽きて
立ち去るだろう

青年は飽きずに見ていた
傍を通り過ぎる馬車の車輪
何頭もの牛を連れて歩く商人
チーズを売り歩く羊飼いの少年
神の救いを説く宣教者たち

道化師と青年を通り過ぎる
たくさんの人たちは
少しだけ見て
飽きれば去っていった

数々のものが腐敗し朽ちていく
市場の野菜も
晴れの日の湖畔のように輝く魚も
色とりどりの果実も
おいしそうな食事も
緑色の草原も
色を失い黒ずんでいく

道化師は踊りを止めない
青年は立ち去らない
ふと気づくと
青年の果実は腐っていない

しびれを切らす道化師
何故君は去らない
すると青年
まだ御礼をしていない
果実をあげるよ

道化師は道化を止めて怒り出す
いらないから立ち去れ
僕は迷惑している

青年は微動だにしない
でもおいしいんだ
とても甘い果実だよ

道化師は青年が悪魔にも見えてきた
お前は誰だ
僕は騙されない
お前など誰が信用するものか

道化師を騙した数々の人は
悪魔たちの手先で
甘い嘘に甘い餌
たくさんの幻を用意した

周囲のものは既に朽ち果てていた
世界の中で青年と果実だけは朽ちない

道化師は正体を現すことにした
仮面を取り去り
骸骨の顔をあらわにした
よく見ろ
僕は死神だ
ここで人間の命を奪うために
ずっと踊り続けていたんだ

青年はにこやかに言った
君は女の子だったんだね

死神は理解できなかった
頭がおかしいのか
それとも気でも狂っているのか
肉の朽ちた姿を見ても
死神だとわかっても
まだ君は立ち去らないのか
命を取るぞ
死んでしまうぞ

青年はひとつも怯えなかった
君は使い魔だね
死神に魂を持っていくと
元の姿に戻すと言われたんだね

骸骨の道化師は黙っていた
さらに青年は聞く
それで騙されたのは何度目だい?
騙されて騙されて
そんな姿になったのだろう?

何故それを知っている
骸骨の道化師は怯えた
事情を知っているのなら
きっと仲間に違いない

青年は果実を差し出す
騙してきた悪魔たちと同じ甘い匂い
今すぐかぶりつきたくなる
おいしそうな色合い

果実を食べてはいけない
次はどんな姿になって
酷い扱いをされるか
わかったもんじゃない

おいしいのに
青年は一口食べた
本当は君に全部食べさせるつもりだった
信用してくれないから少し食べてしまった
死なないし大丈夫だよ

何が大丈夫なものか
悪魔め
周囲の景色は灰色になって
既に色は抜けていた
世界はどんどん黒くなっていく
骸骨の道化師の後ろに
大きな死神の姿が浮き上がり
骨だけの手のひらに乗った道化師が
口を鳴らしていた

このまま一緒に地獄に落ちてもいいけれど
青年は嫌がらずに言うと
骸骨の道化師は怒った
そこまでして僕を貶めたいか
次はどこへ連れて行くつもりだ
もう罠になんかはまらないぞ

この果実は私の魂の一部
数多くあげられるわけじゃない
だから受け取って欲しい

道化師は言う
受け取る理由が僕にはない
青年は言う
私にはあげる理由がある

利害もないのにあげるなどとはおかしい
見返りを求めぬ行いなどあるものか
信じない信じない信じない

青年は果実を口に含み
口づけをして道化師にあげました
驚いた道化師の喉を果実が通り
腹の奥底に染み渡ってくのがわかりました

みるみる道化師の骨の表面に肉が戻り
赤々とした皮膚が浮かび上がってきました
死神の取引は
周囲を見渡すと黒々とした世界から
灰色の世界に戻っていました
それでも世界の姿は完全ではありませんでした

青年はどこに
見渡すと青年は消えかかっていました
ごめんなさい
本当はすべてあげなければいけなかったんだ
君が長く食べなかったせいで
私の精神は消耗してしまった
あの果実は魂の一部
それを分け与えたんだ

世界は完全には戻らなかったようだね
また持ってきたいけれど
しばらくかかりそうだ
君さえよければまた用意できる
でも離れ離れになるよ
死神の契約は破棄された
その代わり私と契約したんだ

道化師の女の子は叫びました
騙した騙した騙した
私は騙された騙された騙された
お前も悪魔の仲間だったんだ

青年は言いました
私は君を利用しない
ただ君の素顔を見たかったんだ

女の子は聞きました
それでどうする
青年は答えます
それだけだよ
聞いて女の子は驚きます
それだけのために
なぜこんなことをする
青年は首を傾げています
私にとってそれだけのことは
とても大事で幸せで嬉しくなることなのに
女の子は理解できませんでした

灰色の世界には人がいました
灰色の人たち
色のない品々
どうしてこんな場所に戻してしまったのか
青年のしたことがわかりませんでした

これからどうしたらいいの
私は灰色の世界で生きることに耐えられない
青年は困りました
それなら僕の手を繋いでいなよ
少しずつだけれど世界に色が戻る
半信半疑で女の子は手を繋ぎます
青年の手から力が流れ込んでくるのがわかりました
あなたは一体誰なの
私はあなたと契約して何をすればいいの

青年は言いました
私は錬金術を学んでいるもの
魔界の秘術を少しだけ知っていて
それを使ったんだ
果実を食べることで死神との契約は途絶えた
けれど君は私に魂の半分を与えたんだよ
でも何も望まない
君の自由にすればいい
信用してくれるのに時間がかかりすぎた
果実の効力も半減したし
私が少しかじってしまったからね

青年は懐中時計を出す
ここからは時間はデタラメに動き出す
誰かの心の時間かもしれないし
別の世界の時間かもしれない
滅びの定めに従いながらも
もはや素直な時間の進み方には従えない

女の子は謝りました
ごめんなさいごめんなさい
一生懸命してくれたあなたを疑って
最初から信じていればよかったのに

青年はほほ笑みました
裏切りに満ちた世界で
悪魔がはびこり聖職者すらも毒する
誰も信用できなくて当然だよ
私も魔術に手を出し
人間の世界から追放されたんだ
大司教の寿命を延ばすために
魔界の秘術を会得したけれど
目的が達成された後
悪魔信仰者として追われる身となった
君と同じだよ

この世界は虚無
何も残らないかもしれない
今だって一刻として朽ちていき
私たちは色あせた世界に引きずり込まれる
私たちが死なない代わりに
世界が代わりに死んでいくんだ

誰かを信じることは
勇気のいること
騙されないように
人を見るには
世界の色に騙されてはいけないんだ

女の子は青年の言葉の意味を理解できずに
ただうなずいていました
たとえ悪魔の手先だとしても
もう失うものなどないと思っていました
誰かを信じるには
心は押しつぶされそうに辛いけれど
ただひとつ
青年と世界の結末を見てやりたいと
ただその思いだけで
付いていこうと決めたのです

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